住民発議による住民投票 & 無条件ベーシックインカム

CHダグラス『社会信用論』翻訳者・上岡みおが世界の賢人に学んだことをつづるブログ

具志堅要氏(沖縄シマ社会)

沖縄シマ社会研究家 具志堅要氏プロフィール

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具志堅要氏

1952年名護市生まれ。
元那覇市役所職員(広報課、文化振興室等)。
・無農薬野菜消費者の会「風と土との会」「自由学校研究会」に参画
・八重山出身の若者の郷土芸能グループによる東京公演「ゆらてぃく組歌詞ノート」(1990年)作成
・「エイサーアンケート集約」(1990年)を発行。
・男性フェミニストを育てるための育児書、ポール・キベル著『 Boys Will Be Men 』(1999年)の支援者研修資料を編集。
・2015年よりポストモダンの視点で沖縄を考えるブログ「ぷかぷか」運営中。
・2017年より「沖縄シマ社会」「エイサー」をテーマとする市民講座主宰。

■フォーラム*に寄せて

沖縄のシマ社会(字単位の集落)には、貧困に対するセーフティーネットの機能、そしてダイレクト・デモクラシーのモデルとしての機能を見出すことができます。

貧困は、コミュニティと家族のかかわり方の問題であるともいえます。

コミュニティと家族が相互扶助意識で結ばれているあいだは、貧困は社会問題として浮上することは少ないでしょう。

しかし家族がコミュニティから分離すると、貧困は拡大再生産されていってしまいます。

沖縄のシマ社会では、「分かち合い」のモラルが大切にされてきました。

「分かち合い」のモラルのおかげで、貨幣経済的な脱落者を生みださない社会が成立していました。

戦後、急激な都市化が進んでいったときには、都市の中に第二のシマ社会が無数に形成され、そこに相互扶助のネットワークが張り巡らされていきました。

そのことによって、都市内部にスラム街が形成されずに済んだともいえるでしょう。

シマ社会では、労働の成果は「わたしたちのもの」であり、「わたしたちのもの」であることによって「わたしのもの」となりました。

世界で初めてベーシックインカム(国民配当)の具体策を提案したCHダグラスは、社会的富を産み出したのは「わたし一人」ではなく「わたしたち」であるのだから、社会的富は等しく「わたしたち」に分配するべきだと主張しました。

ベーシックインカムの基本構想とシマ社会の相互扶助的あり方は、ぴたりと符号するのです。

加えて、シマの意志決定の場においては、徹底した話し合いがなされてきました。

安易な多数決によって決定するのではなく、全員が合意することに重きが置かれていました。

このような意志決定過程のなかに、ダイレクト・デモクラシーの本質があるようにも思えます。

現代のシマ社会では、問題を解決しようとするときに、国家権力の強引な介入や、金銭による利益誘導が見られる場合もあり、「一般意志」が決定されるべきプロセスに大きな歪みが生じています。

ヨーロッパ社会を大きく前進させているダイレクト・デモクラシーの方法を学び、社会システムとして取り入れることで、シマ社会に伝承されてきた意志決定のあり方を、現代社会に取り戻すことができるのではないでしょうか。


*2018年3月6日沖縄大学にて開催された国際フォーラム「ベーシックインカムとダイレクトデモクラシー ~ 誰もが幸せに生きていける社会制度」